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シェルビーマスタングGT

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1967年半ば、ロサンゼルス空港近くのベニスにそのファクトリーを構えていたシェルビー・アメリカンは、契約切れに伴う工場移転に迫られていた。程なく新しいファクトリーの候補地は見付かったものの、そこには生産台数がうなぎ登りに増えていたシェルビーGTの量産に耐えうるだけのFRPパーツ生産設備を設置する場所はなかった。この問題に際して、シェルビー・アメリカン側は外注FRPメーカーをロサンゼルス近郊に探したものの結局シェルビー側のオーダーに応えることができるメーカーは見付からず。折しもフォード側が高価なプレミアム・モデルとして確固としたブランドイメージを築きながら、量産が遅々として進まなかったシェルビーGTの生産管理を自ら行うことを望んでいたこともあって、キャロル・シェルビーは自身の組織を分割。レース部門のみを手元に残し、市販車部門をフォード側に売却した。これは事実上ストリートモデルからの撤退だった。

もちろん、この措置の背景に存在したのは移転問題だけではなかった。当時、シェルビー・アメリカンは、まさにレース一色だったのである。SCCAトランザムに加えて、SCCAカンナムへの参戦、そしてワークスの一翼を担っていたフォードGT40の運用、さらにはトヨタ2000GTを使ったSCCA Cプロダクションへの参戦といった具合にレース計画が目白押しだったのである。
フォードのコントロール下で生産されることとなった1968年型シェルビーGTには、従来のモデルにはなかった様々なメニューが盛り込まれていた。
まず第一はコンバーチブルの投入。シェルビーGTのコンバーチブルは1966年に6台(4台ともいわれている)、1967年に1台(2台という記録もあり)製作されたものの、いずれも事実上試作車に過ぎず、量産モデルとなったのは1968年型からである。シェルビーGTとしてのアイデンティティはフロントマスク、テールパネル、ボンネットといったFRPパーツの数々であり、1966年モデルまで存在していた市販レースカーとしての装備は残らずオプションに格下げされていた。これは1967年モデルと同じである。

その結果、市販レースカーからフォードの上級プレミアムGTへという性格の変化は一層際立つこととなったといっても良かった。その端的な例がレースカーとは異なるトップグレードが加わっていたことである。それがシェルビーGT500KRである。KRとはキング・オブ・ザ・ロードの意。基本的に1967年から加わっていた428CIを搭載した「GT500」の上級バージョンであり、エンジン他、総てに特別の装備が与えられていたのが特徴である。

GT500KRには専用のエンジンが用意されていた。そのユニットの名を「428コブラジェット」という。ベースとなった428ポリスインターセプターに427サイドオイラー用ミディアムライザー・シリンダーヘッドとロウライザー・インテークマニホールドをセット。キャブレターは735cfmのホーリー4バレルシングルであり、エンジン内部も強化メインベアリング、鍛造コンロッド、ハイコンプピストンが装着されていた。

不思議なことにこのエンジンはベースとなった428ポリスインターセプター(GT500用標準ユニット)より低い335hpというパワー表示(ポリスインターセプターは355hp)となっていたが、その理由はお役所を安心させるため。その実馬力は掛け値なしに400hpオーバーだったというのが現代における定説である。
ただしシャシー周りはベースとなったマスタングのビッグブロック搭載車と基本的に同じであり、サスペンションそのもの及び取り付け部周りが強化されていたに過ぎない。ここでの強化策は、ある意味ワークスドラッグレーサーとして活躍した「コブラジェット・マスタング」からフィードバックとも見ることもできたが、いずれにしても公道走行用となった時点でオリジナルからは遊離していたと見るのが妥当な判断だろう。

シェルビーGT500KRは最強のストリート・シェルビーとして現代でも高い人気を保っている。しかも発売の時点でそのラインナップの中で大きな注目を集めていた豪華で速いコンバーチブルは、マッスルカーの歴史の中でもレアなスタイルであることは疑いない。

シェルビーGT500KRの総生産台数は1571台。その中でコンバーチブルの生産台数はわずかに518台(内ハーツカーの試作モデルが1台)といわれている。ちなみにこの生産台数は最近一部の研究者によって訂正されたものであり、数年前まではファストバック933台、コンバーチブル318台といわれていた

こうして1968年型からのシェルビーGTはデトロイト近郊のミシガン州リボニアにフォードによって設立された新しい会社、シェルビー・オートモーティブによってフォードの管理下のもと生産されることとなった。そしてこの会社の側にはシェルビー・ブランドのパーツ製造販売を手掛けるシェルビー・パーツ・コーポレーションも設立された。新しいシェルビーGTの生産工場はマスタングにとって最大の量産拠点であったニュージャージー州メッチェン・プラントである。

整理しておこう。1968年からのシェルビーとは、もともとあったレースカー・コンストラクターとしての「シェルビー・アメリカン」。そして新たにフォードの下部組織となった「シェルビー・オートモーティブ」、「シェルビー・パーツ・コーポレーション」の3社で構成されるようになったということである。
ちなみにこの時点で「コブラ」の商標使用権も既にフォードに売却されており、カリフォルニアに残されたキャロル直属の組織、シェルビー・レーシングは、これ以降レーシングコンストラクターとしての道を積極的に歩むこととなったのである・・・と書かれていました。
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by kibmx | 2006-04-18 23:05
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